【相続事例】認知症対策の家族信託で共有不動産の名義変更や土地活用をスムーズに

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家族信託

「親が元気なうちに」認知症対策をした63歳男性の事例

今回は、親御さんが元気なうちに認知症対策をした栗田さん(仮名・63歳)の事例です。

桜が満開に咲き誇る頃、私の事務所駐車場にとある古い車が止まりました。車には、へこみや傷が多くあり、きれいなところを探す方が難しいくらいでした。そんな車から、ひょろっとした長身の男性が降りてきたのを見て、今日お越しになる予定の栗田さんだとわかり、「こんにちは」と声をかけました。

栗田さんは私に挨拶もせず、バンッと大きな音で車のドアを閉めながら「この後、用があるからさっさと話を始めていいかね」とずかずかと事務所に入ってきました。

私が応接室に案内をし、お茶を用意すると栗田さんはぐいっと一気飲みし、「今、本当に金がなくて困っていてね。税理士のあんたなら何とかできるんじゃないかと思ってきたよ」と話し始めました。

父の遺した医院を継いだが、経営は厳しくなる一方で……

聞くと、栗田さんは、お父様が開業された自宅兼医院で、内科医として活動している方でした。そこでお母様とお父様、そして栗田さんの3人で暮らしており、お父様は医院長、また経営者として活躍しましたが、10年ほど前に他界しました。その後は、栗田さんがお父様に代わって医院長兼経営をしているそうですが、栗田さんにバトンタッチをされてからというもの、患者さんが減少傾向にあるというのです。

「親父はクソ真面目だったからか、一人一人すげー長い時間診ていてよ。俺は丁寧に診察するよりも、短時間にたくさんの患者を診た方がいいと思って、ちゃっちゃかやってたら、それがヤダって人が多くて、どんどん人が来なくなってよ」経営が上手くいかない話になると、話が止まらなくなる栗田さん。

最近は、本当に手元にお金がなくなってきているようで、友人数人にお金を借りないと毎月のやりくりができない状況にまでなっているとも話しました。

「もうどうしようもないから、病院をさっさとたたんでしまって、ここ1~2年の間に売却したいと思ってね。なんやかんやで医院をたたむとなると、1~2年はかかりそうだしな」 と、栗田さんの中で対策方法をある程度決めているようでした。

200坪の名古屋の土地…その驚きの資産価値

そこで私は栗田さんに、「なるほど。ちなみにご自宅兼医院はどちらにあるのでしょうか?」と聞くと、名古屋の中で住みたい街ランキング1、2位の常連の街にあるということでした。

しかも、大体200坪ほどあるというではありませんか。価格にすると、土地だけでも簡単に見積もっても3億円ほどになります。

そこで私は「不動産の所有状態はどのようになっていますか?」 とお伺いすると、栗田さんは「親父が亡くなった時に相続を担当した税理士が母さんと共有にした方がいいって言うんで、土地と建物は俺と母さんの共有になってるはずだ」と答えました。

「教えてくださり、ありがとうございます。ちなみに、お母様のご年齢はおいくつですか?」私が続けて問いかけると、「正しくは覚えてないけど90は超えてたはずなんだよなぁ…。最近、年のせいか、砂糖と塩を間違えたり大変なんだよ」と答えました。

それを聞いて私はすぐに、栗田さんとお母様の共有となっている土地建物を家族信託することをお勧めしました。 

家族信託を早急に決断した理由

「家族信託というのは、財産管理の一つの方法のことを言います。今、お父様の相続の際に土地建物は栗田さんとお母様の共有にしたとのことですが、共有状態となっている土地建物の不動産売却には、栗田さんだけではなくお母様の意思も必要となります」

私の話を聞いて、それまでソファの背もたれにのけぞって座っていた栗田さんの姿勢が徐々に前のめりになります。

「最近、お母様の生活の中で些細な変化が起きているようですが、たとえばこのままお母様が認知症になってしまった後に不動産を売却したいと思っても、お母様は売却の意思表示ができなくなります。そうなると、家を売却したいと思ってもできなくなるのです」

それを聞いて、一気に栗田さんの表情は変わりました。

「そうなる前に、お母様が意思表示ができるうちに、ご自宅の共有状態を維持したままでもお母様の持分である1/2も栗田さんが管理できるよう、家族信託されることをお勧めします」

私が一通り話し終えると、栗田さんはすぐに「最近母さんの物忘れが進んでいるように思うから、急いで家族信託とやらを進めてくれ!」と言いました。

早速私は、今後具体的にどのようなスケジュールで動くのかについて話を進めました。

“母自身”も抱えていた不安

まず、家族信託をするためにはお母様とも話をする必要があるので、一度お母様も含めた形で話し合う場を作ること。そして家族信託で話を進めることで意見が一致できれば、公証役場に行き、公正証書で契約書を作ること。

ここまで進んだら土地建物を信託登記することで、栗田さんが管理でき、そのまま売買契約することができます。

スケジュールをすぐにメモした栗田さんは、その場でお母様に電話をかけて空いている日を聞き、1回目の話し合い日が決まりました。そこで初めて栗田さんのお母様が同席されましたが、お母様自身も今の自分に関して不安を持っているようでした。

「今後、施設などに入ってもいいように、お金を何とかしなきゃと思っていたけど、家を売って何とかできるなら、それが安心だわ」とお母様は家族信託に関しては二つ返事で賛同しました。

そのまま円滑に家族信託に必要な準備は進み、栗田さんの積極的な動きもあり、無事に早めに家族信託することができました。

親が認知症になってからでは遅い

気がつけば、栗田さんに出会ってから2回目の春がやってきました。

桜も満開で見頃だったので、私は子供と一緒に花見に出かけようと支度をしていると、一本の電話が鳴りました。栗田さんからでした。

「いやー聞いてくれよ、お陰様で家が早く、希望価格より高く売れてさ」栗田さんの晴々しい声が受話器から聞こえます。

「しかも、あんたに色々手伝ってもらった後、すぐに母さんのぼけがひどくなってよ。病院に連れて行ったら、自宅介護は大変だから施設に入れた方がいいって言われて。もし、これが少し遅れて家が売れなくなってたらと思うと、怖かったよ。本当、あんたに相談してよかったよ」と栗田さんらしいぶっきらぼうな感謝の言葉を述べた後、彼はすぐに電話を切りました。

まだまだ日本では浸透していない家族信託という言葉ですが、家族信託という選択を取ることで、今回のようなメリットが生まれるケースは少なくありません。ですが、先ほども挙げたように、家族信託は親御様が認知症になる前の元気なうちに対応しないとできない話でもあります。

「今はまだうちの親は大丈夫」ではなく、「今、親が元気なうちに話をしていく」ことの大切さを今回の事例で感じていただければと思います。

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この記事を書いたのは…

大野 紗代子

大野紗代子税理事務所 代表税理士/障害児家庭のお金と将来相談室 代表

大野 紗代子(おおの さよこ)

相続税申告はもちろん、相続が発生する前からの相続対策コンサルティング、遺言書の作成、民事信託、成年後見など、個人の資産に関する相談に幅広く対応しています。さらに、私自身が障害児の母親であることから、障害児家庭における資産に関する相談にも注力しております。

サイトURL:https://www.ohno-zeirishi.com/%20 https://www.eight-things.com/

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