【相続事例】生前に家族信託で子供達に自宅と収益不動産を平等に分けた事例
多くの相続人の方は「子供たちに迷惑をかけたくない」とおっしゃいます。そのためには、相続に関して「家族全員が納得いく状態」であることが大事です。つまり相続人の方が「相続に対する想い」をご家族に共有することから始まると思っています。
家族信託を活用した1億8千万円の資産を生前に対策した事例
今回は吉田さん(仮名)の事例を紹介します。
吉田さんは85歳というご高齢ではありましたが、現役で不動産の経営・管理をされていました。健康ではありましたが、奥様の他界を機に高齢者向けの施設に入居していました。
契約関係や立会が必要な場合にはご自身でする必要があり、少し身体的に負担がかかるようになっていました。しかし、吉田さんは責任感が強い方で「お子さんたちに任せるのもなぁ」と不動産経営をどうするべきか悩んでいらっしゃいました。
事実として体は年々きつくなっており、今後の相続に関する不安をハウスメーカーの担当者に相談したところ、司法書士である私を吉田さんに紹介してくださいました。
大雨が降る中施設に到着し、私はレインコートを脱いでドアをノックすると、すぐにドアが開き「本日はお足元が悪い中、わざわざお越しくださいましてありがとうございます」と吉田さんは丁寧に挨拶をしてくれました。
私は吉田さんに案内された椅子に座ると、目の前のデスクに私に相談したい内容のメモ書きと、それに関する資料が綺麗に並べられていました。
私が「本日は、家族信託の説明を詳しくお聞きになりたいということでお間違いないでしょうか?」と問いかけると、
「そうなんです。実は自分でも、ある程度家族信託については調べてはいました」
と吉田さんは言い、デスク上にあった一つのファイルから家族信託に関する情報が印刷された書類を手にしました。
資料を指差しながら吉田さんは、
「正直、自分での管理が難しくなってきたので、今後の相続も含め、不動産に関しては信託会社にお願いしようと思っていましたが、信託会社は賃貸部分しか対応してくれませんよね。賃貸以外の自宅などについては対応してくれなさそうなので、その辺りの家族信託との違いを聞きたくお呼びしました」
と話しました。
「ご丁寧に詳細を説明してくださり、ありがとうございます。ちなみに、息子様お二人は、吉田さんのこれからのことや相続についてどのようにお考えなのでしょうか?」
私が質問すると、吉田さんは少し間をおいて
「…実は、子供たちが相続についてどう思っているかは聞いたことがない、というか聞けないでいます」
と答えました。
私が理由を尋ねると、吉田さんは困った表情をして
「息子二人はどちらも結婚して子供もいるのですが、先に結婚した長男とお嫁さんが将来の僕ら夫婦を気遣って、結婚してすぐ国分寺にある私の家に一緒に住むことになりました。しかし私の妻は3年前に他界し、私自身もこれ以上この家にいると長男家族に迷惑をかけると思い、施設に入居することにしました」
と話しました。
「一方、次男は茨城にいます。盆や正月など年に一度は必ず帰省をして、私や長男家族にも顔を出してくれるのですが…」
そしてしばらくして
「もしかしたら、次男は長男が私の家に住んでいることをよく思っていないのではと感じるのです」
と思い切りよく言いました。
「長男夫婦は私たち夫婦のサポートをしてくれ、妻に対しては亡くなる直前まで介護してくれました。そのことは次男も知っています。ですが次男からすると、心のどこかで長男家族が私の家に住んでいることを贔屓しているように思っているみたいなのです。相続に関して二人に揉めてほしくないので、なんとかしなくてはと考えたものの、結局何もできずにいました。」
うつむき加減で話す吉田さんに、私は
「お一人でご家族に迷惑をかけまいと、奮闘されたのですね」
と優しく声をかけると、吉田さんは安心したような表情をしてくださいました。
一方で、私はこうも伝えました。
「ですが、どんな想いを抱いているかは、次男様に直接聞いてみないとわかりません。また、長男様もどのような想いをお持ちなのかも聞く必要があります。信託会社に信託しようと、ご家族に信託しようと、どちらにしてもお子様のご意見を聞く必要がありますから」
すると、吉田さんははっと何かに気づかれたような、そんな表情をされました。
「吉田様がここまでお一人で誰にも頼らず信託について考えられたことは、とても素晴らしいことです。ですが、これからのことや相続については家族全員が納得する形を見つけることが大切です。相続のような話し合いは当事者間のみのお話よりも、第三者が入ることで円滑に進む場合が多いです。もし私でよろしければ、協力させていただきたいと思うのですがいかがでしょうか?」
私が力強く問いかけると、吉田さんは少し考えた後、
「…確かに、自分一人で進めようと思っても何もできなかった。ここは一つ、お願いしたいです」
と答えました。
そこで私は、まずお子様二人に事情をお伝えし、全員で集まれる日を見つけ、2回目の打ち合わせをしようと吉田さんに提案をし、部屋を後にしました。
梅雨の終わり頃を感じさせる生ぬるさの中、私は再び吉田さんの施設に伺いました。
中へ入ると、少し重苦しい雰囲気の中、吉田さん以外に二組のご夫婦がデスク周りに着席していました。
それを見て、私はすぐに長男夫婦と次男夫婦だとわかりました。
私は早速それぞれの想いを聞くことにしました。
すると、長男次男それぞれの共通点として【平等】という想いを抱いていることがわかりました。
しかし、【平等】という想いは共通でも、長男と次男が思う平等の内容は全く異なるものでした。
特に次男は、吉田さんが事前に感じていたように
「兄さん夫婦は母さんの面倒を見てくれたとはいえ、今は親父も施設に入ったから家をもらったようなものだと思うんですよね」
と、長男が実家に住んでいることでもやもやされているところがあるようでした。
吉田さんが所有している不動産は、自宅と収益不動産の二つです。
収益不動産のみを信託会社に信託するのか。
収益不動産を家族信託する場合、賃貸経営は誰が行うのか。
そして何より大切なのは、長男次男それぞれの折り合いどころはどこなのか。
複数回お会いして、誰が何を相続したらどんな金銭的な利益や負担があるのか?を皆さんと想定しながら擦り合わせをしていきました。
梅雨も明け、真夏日が続く頃、再び吉田さんから連絡が入り、私は数ヶ月ぶりに吉田さんの住む施設へ足を運びました。
部屋に入ると、吉田さんと長男夫婦、次男夫婦が集まっていましたが、前回とは異なりその場にいる全員が明るい表情で私を迎えてくれました。
私が椅子に腰掛けると、吉田さんはすぐに明るい声で
「おかげさまであれからじっくり全員と話し合いをして、家族信託という選択を取ることにしました」
とお話しされました。
吉田さんの場合、不動産は自宅と収益不動産の二つしかありませんが、自宅には今、長男家族が住んでいます。しかし、自宅も老朽化が進んでいるため、リフォームが必要です。
この場合、自宅は吉田さんの名義の建物となっているので、長男のお金でリフォームをすると、長男から吉田さんへリフォーム工事代金の贈与となってしまいます。そのため、吉田さんのお金でリフォームをすることで贈与にはならず、同時に吉田さんの資産も減ることになるので、相続対策にもなりました。
収益不動産については、家族信託で次男が管理をすることとなり、次男が賃貸経営を行い、家賃収入を収益不動産の各支払いに充てられるようにしました。吉田さんの相続時には、管理している収益不動産とお金は次男に承継させることにしました。
自宅に関しては遺言書を作成し長男に相続させることにしました。また、吉田さんの面倒を見るための金銭を長男が受託者として金銭の一部を信託することになりました。
必要な遺言書や信託関連の書類等の作成が一通り終わり、秋になる前には無事に吉田さんの約1億8千万の生前対策・相続対策が終わりました。
吉田さんと長男次男ご夫婦と最後にお会いした際、奥様同士も安心した表情をされていたことを今でも覚えています。
あれから吉田さんから何も連絡はないですが、便りのない知らせはいい便りとも言います。
今回、改めて思うことは相続に関することは当事者以外の第三者が入ることで円滑に進むケースが多いということです。
吉田さんの場合、遺言書を書いていただきましたが、子が親に直接「遺言書を書いて」とは言い難いかと思います。そんな時に、わたしたちのような第三者が入ることにより、やってほしいことや進めてほしい話などをお願いすることが可能です。
また、今回のケースでは、吉田さん、お子様、その奥様方で想いを共有したことで、ご兄弟の「平等」を実現することができ、結果、吉田さん本人だけでなく、お子様やその奥様方にも安心していただくことができたのだと思います。
もし今、今後のことを考え親が元気なうちに相続について話し合いたいという方は、第三者の力を借りながら早めに済ませておくことをお勧めします。
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この記事を書いたのは…
一般社団法人相続FP協会、相続FPの学校 代表理事
山本 祐一(やまもと ゆういち)
1973年神奈川県横浜市生まれ。祖父大工、父工務店経営者という建築一家の環境に育つ。
大学卒業後、住友林業㈱にて営業店長職を11年経験。ソニー生命保険株式会社で営業とマネージャーを計14年経験し、後に独立。分からないまま認知症になってしまう人を救いたいという想いでFP×建築の仕組みを全国に提供中。
趣味はダイビング、城めぐり、旅行。妻と娘2人の4人暮らし。