【相続事例】法的に無効な遺言書が招いた兄妹間での争う相続の事例

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遺産相続

遺言書を作る方の多くは、ご自身が亡くなった後に相続で揉め事になってほしくないという思いをお持ちです。しかし、遺言書に不備があると法的に有効と認められない可能性もあります。相続で揉め事にならないために作った遺言書が、逆に相続で揉め事となってしまう原因になるのです。

兄妹間の確執と間違いだらけの遺言書で記された遺産の行方

今回は松井さん(仮名)の事例を紹介します。

クリスマスも終わり、年内の仕事を片付けている途中、私、根本(弁護士)の携帯に知り合いの行政書士から電話が入りました。

内容は、彼が担当しているお客様の名前が書かれた遺言書があるが、その遺言書通りに遺産整理を実行するために力を貸してくれないか?ということでした。

詳細を本人から直接聞く必要があると思った私は、依頼者である松井さんの連絡先を聞きご自宅に伺うこととなりました。

まだ家の玄関に正月飾りをつけている家庭がある中、私は千葉県にある松井さんの家を訪れました。

呼び鈴を鳴らすと、しばらくしてからゆっくりとドアが開き、そこには小柄な高齢の女性が立っていました。

室内に案内され、用意された座布団に私が座ると、

「年明け早々に悪いんだけど、昨年亡くなった兄の遺言書に私の名前が書かれていて、これって兄の財産みんなもらえるってことかい?」

と松井さんは早速本題について話し始めました。

話を聞くと、松井さんは長男、次男、三男、松井さんの4人兄妹で、昨年春に長男が亡くなったとのこと。

「元々兄弟の仲は悪くなかったけど、母が亡くなった時の相続で揉めてしまって…。次男と三男が希望する内容にならなかったから、二人はすっかり機嫌が悪くなって、私たちの前に顔を見せなくなってしまったのよ」

お茶をすすりながらどこか寂しそうに話す松井さん。

「兄さん(長男)は亡くなる2年前くらいから病院で過ごしててね。兄さんは生涯独身だったから身寄りがなくて可哀想じゃない?だから私は亡くなるまでの間、行ける時は病院に行って看病をしてきたけど、次男と三男は一回も顔を出すことはなかったのよ。母の時の遺恨もあったから亡くなったら自分の財産は次男と三男に渡したくなくて、遺言書で私を指名したんじゃないかなと」

「なるほど、そうでしたか。もしよろしければ、お兄様が残された遺言書を見せていただくことはできますか?」

すると、松井さんはゆっくりと立ち上がり、ダイニングテーブルの上に置いていた紙を手にし、

「これこれ、これだよ」

と私に渡しました。

受け取った遺言書を見て、思わず顔を曇らせてしまいました。

まず、松井さんに宛てた遺言書のはずが、記載されている名前が【松本】になっていました。

それだけではありません。

「この遺言書は、亡くなる20日くらい前に兄さんが自分で書いたと聞いたよ」

と松井さんは話していましたが、亡くなる20日前であれば記入年は2019年のはずです。

しかし、遺言書の記入年は2007年となっていました。

更に、長男が遺言書の中で間違えて記入した文字を、二重線を引いて訂正印を押す方法で訂正しておらず、間違えた文字を黒で塗りつぶして新たに書き直してもいました。

「なにかちょっと間違っているところはあるけれど、できたら兄さんの思いを受け取りたいのよ」

話を一通り聞いた私は少し考えた後、

「松井さんの思いはわかりました。今この遺言書を見る限り、内容を実現できる確率は0ではないですが、もしかすると実現できない可能性もあります」

と松井さんにはっきりお伝えしました。

「ですが、お話を聞いて松井さんの思い、そしてお兄様の思いを実現するために尽力したいと思います。お時間はかかるかもしれませんが、実現に向けて何ができるか、私と一緒に考えながら動いてみませんか?」

そう私が提案すると、松井さんは少し間を置いてから

「…わかりました。できる限りのことはしたいからね」

と静かにお答えになりました。

遺言書の有効性を証明する方法と和解を前提とした話し合い

私は事務所に戻ると、すぐさまどのような対応ができるか考えることにしました。

そして松井さんにお会いした日から約3週間後、私は再び松井さん宅を訪れました。

居間に案内され、私にお茶を出すと松井さんは早速

「先生、どうですか?」

と急かすように聞いてきました。

ここで私は松井さんに二つの案を提示しました。

まず一つは、遺言書の内容が有効であるという前提で、死後の手続きを進めていくこと。

もう一つは、おそらく松井さん宛の遺言書ではあるがその有効性が問われてしまう内容になっているので、落とし所を見つけて和解を前提に話し合いを進めていくこと。

「違いとしては、前者の案では遺言書の有効性が認められた場合、すべての財産が松井さんの元に来るということになります。ですが、この遺言書の内容が認められない可能性も高いとも考えられますし、時間がかかることが予想されます。ですので、なるべく早く解決をしたいということでしたら、後者の案がいいと思いました」

「なるほどねぇ…」

と言ったきり、松井さんはしばらく黙り込んでしまいました。

黙り込んでから約5分後、松井さんはゆっくり顔を上げて

「…でも、やっぱり兄の思いを叶えてあげたいな」

と小さな声で言いました。

「そうですか。では遺言書が有効であるという前提で物事を進めていきましょう。早速他のご兄弟様にもご連絡します。連絡内容は、お兄様が亡くなったことと、このような遺言書があり、内容的には松井さん宛てになっているので、お兄様の相続は全て松井さんが受け取るものとした上で相続しようと思うが、異論はあるかないかというものにします」

「わかりました。手間かけてごめんね。頼んだよ」

私は次男と三男に送る書面内容を作成し、完成後、すぐに二人に送付しました。

書面をお送りしてから約1ヶ月後、私の事務所に次男、三男からの返信が届きました。

封を開け、連絡内容に対する返信を見てみると、二人共遺言書の内容に同意できないという回答でした。

理由として、松井さんが以前に話していた母親の相続時に次男、三男それぞれの思った通りにならなかったことが見受けられました。

二人の返信を受け取り、私は今後どうすればいいのかを考え、再び松井さん宅に伺いました。

松井さん宅につき、今に案内された後、私は早速新たな二つの案を松井さんに提案しました。

一つが兄弟間でこの相続に関する話し合いを続けるために、調停を起こすか。

もう一つが遺言書が存在するとし、遺言執行者選任の申し立てにするか。

「やっぱりこの遺言書の内容そのままの内容として認められるのは難しいのかね」

少し曇った表情で話す松井さんに対し、私は

「遺言書の評価としては、やはり難しい部分はあると思います。ですが、話し合いになれば遺言書通りの相続を手にすることはできないかもしれませんが、何より早く解決させることができます」

と答えました。

松井さんは再度熟考した上で、調停を起こすことにしました。

揉めている相続の話し合いを3兄妹間でするために調停へ

調停に向けて次男、三男にも連絡を取り、全員が集まれる日から調停日が決定しました。

季節もすっかり変わり、桜が散り始めた頃、第一回目の調停が開始されました。

私と松井さんが会場で待っていると、突然大きな音でドアが開き、次男と三男が入ってきました。

二人はどかっと椅子に座り、背もたれに寄りかかりながら腕と足を組んだ姿は、少し横柄な態度に見えました。

私は早めに終わらせようと早速本題を切り出しましたが、私が話すとすぐに次男が

「俺らは妹と話す気なんてない。今後このような調停が行われても、俺らはもう来ないからな」

とだけ言い、二人揃ってすぐに部屋から退室をしてしまいました。

松井さんは

「やはり話し合いは無理なんかねぇ…」とひどく落ち込んだ様子でしたが、私は松井さんに

「確かに話し合いは今後難しそうですね。ですがここで折れてしまっては、お兄様の思いが報われません。ここは一緒に最後まで実現に向けて頑張っていきませんか?」

そう声をかけました。

松井さんは、少し嬉しそうな表情を見せ

「…そうだね。ここまできたなら最後までやってみるかね」

と答えました。

ここから私たちは松井さんの思いを実現するために、改めて遺言執行者選任の申し立てをしたり、銀行や二人の兄弟を相手に訴訟を起こしたりと、次々と行動に移していきました。

その中で、私は、以前起きた母親が亡くなった際の相続で次男と三男は思い通りにならなかったことが理由なのであれば、相続の一部を二人にも提供することでもしかしたら飲み込んでくれるのではないかとも考えました。

そこで、私は亡くなった兄の土地や家の不動産評価をしてもらいました。

すると兄が所有していた家と土地は約6000万円の評価となりました。

これを次男、三男、松井さんの三人均等の三分の一ずつの配当では松井さんにとって有利にはならないので、松井さんが3000万、次男、三男にそれぞれ1500万円配当する案はどうかと提案しました。

この提案をしてから数日後。

次男、三男より書面にて連絡があり、この条件であれば応じるとの返答が届きました。

松井さんにこのことを告げると、

「本音を言えば遺言書通り100%の相続が欲しかったけど、あなたがそれが難しい中ここまでやってくれたので、このくらいなら御の字かね」

と納得した様子でお話しされました。

法的に問題のない遺言書作成が円満相続の鍵

今回の松井さんの件から思うこととして、結果的にお金と時間はかかってしまいましたが、リスクを取ってもご本人の意向を踏まえて動いたことで、ご本人が納得することのできる結論を導くことができたではないかということです。

しかし、そもそもお兄さんが亡くなる前に法的に問題のない遺言書を作れていればいれば、希望通り松井さんに全て相続することができたこともまた事実です。

遺言書があったからといって、相続が万事スムーズに進むわけでは必ずしもありません。この事例を読んで、あなたの遺言書に問題がないか不安に感じた方、ご家族が亡くなられてこの先の対応をどうしようと思われた方は、すぐにプロに相談されることをお勧めします。

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相続は十人十色、十家十色の事情や問題があるもので、その解決策は一通りではないものです。

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この記事を書いたのは…

根本 達矢

弁護士 東池袋法律事務所所属

根本 達矢(ねもと たつや)

相続発生後の家族を取り巻くトラブルについて、トラブルの芽が生じた段階からの対話型交渉、そしてトラブルの芽が生じないようにする交通整理を行い、個人の故人の相続を早く円満に解決し、ご遺族が円満に故人を偲ぶ時間を早く確保できるよう尽力している。
主な著書として「弁護士が教える自分と家族の生前整理ノート」(文響社/2023年)など。

サイトURL:https://www.nemoto-tatsuya.com/

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