遺言能力の判断基準とは?認知症の親の遺言の扱いに関して裁判例とともに解説!
Contents
遺言能力とは?
遺言能力とは何かについて解説します。
遺言能力に関する民法上の主な規定としては、15歳に達した者が遺言をすることができること(961条)、遺言には行為能力の制限に関する総則規定が適用されないこと(962条)、遺言をするための能力が遺言時に備わっていること(963条)が挙げられますが、遺言能力についての明確な定義規定はありません。
そこで本記事では、遺言能力とは15歳に達した者が、遺言事項を具体的に決定し、その法律効果を弁識するのに必要な意思能力を備えているという前提でお話します。
遺言には、上述したように行為能力の制限に関する民法総則規定が適用されません(民法962条)。
このことから、未成年者も親権者や未成年後見人の同意なしに、被保佐人も保佐人の同意なしに、被補助人も補助人の同意なしに、それぞれ遺言をすることができます。
そして、成年被後見人も、意思能力を欠いていない状況下では、成年後見人の同意なしに遺言をすることができます。その結果、成年被後見人は、事理弁識能力を一時的に回復し、意思能力を有していた時点では、医師2人以上の立会いがあれば、遺言をすることができます(民法973条1項)。
年齢と遺言能力の考え方
年齢と遺言能力の考え方について解説します。
民法961条は「15歳に達した者は、遺言をすることができる」と定めています。
そうすると、遺言者は満15歳から遺言書を書けることになります。
民法がなぜ15歳と定めたのかについては、諸説あります。
民法は遺言能力の年齢的な基準を満15歳としたというのが、理解しやすいのかもしれません。
遺言をすることができなくなる年齢については、民法に特段の規定はありません。
寿命が延び、ますます高齢化が進んでおり、高齢者であっても個人差がありますので、一律に何歳になると遺言能力の有無が疑われるとはいえないのです。
そうすると、満15歳以上であれば年齢を問わず、遺言事項を具体的に決定し、その法律効果を弁識するのに必要な意思能力、すなわち遺言能力があるのであれば、有効な遺言をすることができます。
高齢であることは、遺言能力の有無が疑われる要素になるとはいえ、年齢だけで遺言能力の有無が判断されるわけではありません。
遺言能力の有無は、遺言事項やその内容の複雑さ、難易等との関係で相対的に検討される必要があり、遺言者の年齢やその属性を含む事案ごとの個別の判断にならざるを得ません。
遺言能力の判断基準と考慮されるポイント!
遺言能力の判断基準と考慮されるポイントについて解説します。
遺言能力の判断基準
遺言能力の判断基準について見てみましょう。
遺言能力については、一義的に明確な判断基準が存在するわけではありません。
では実務上、遺言能力の判断基準はどのように考えられているのでしょうか。
実務上、遺言能力の有無については、下記の内容を総合的に勘案して、事案ごとに判断されています。
・遺言者の判断能力の程度
・遺言事項の内容や形式
・年齢
・健康状態
・病状及び医師の診断
・生活状況
・遺言時とその前後の状況
・遺言時の言動
・遺言者本人と周りの者との関係
・社会生活での対応関係
・遺言内容
など
考慮されるポイント
遺言能力を判断する際、考慮されるポイントについて見てみましょう。
遺言能力の有無の判断に際しては、一般的な判断力・理解力・表現力があることについての医学的判断を前提とします。それとは区別されるところの法的判断として、当該遺言事項の内容について遺言者が理解していたか否かを検討することが一般的に是認されています。
そして、裁判実務上、その検討に当たっては、主として下記の事情が総合考慮されています(東京地方裁判所民事部プラクティス委員会第2小委員会「遺言無効確認請求事件をめぐる諸問題」判タ1380・11参照)。
①遺言時における遺言者の精神上の障害の存否、内容及び程度
②遺言の内容それ自体の複雑性
③遺言の動機・理由、遺言者と相続人又は受遺者との人的関係、交流関係、遺言に至る経緯 など
また、遺言時及びその前後の言動等に関しては、公証役場で作成する公正証書であれば、後でご紹介するような例外的な場合を除き、公証人による十分な確認がなされているという取り扱いがなされるのが一般的です。
遺言能力は医師が診断できる?
遺言能力は医師が診断できるのかについて見てみましょう。
従来の裁判例でも、遺言能力の有無・程度を判断するに当たり、医学的見地が重視されていますが、それのみで結論が導き出されているわけではありません。
あくまでも、遺言能力は、上述した点を認知症に焦点を絞るとしても、遺言者本人の精神障害の内容・程度及びこれに対する医師の判断(鑑定を含む)、遺言時の遺言者本人の状態、遺言事項の内容の複雑性や難易などが総合して判断されるものです。
そして、遺言能力が争われる場合には、最終的には裁判所の判断によらざるを得ません。
しかし、医学的見地が認知症では重きをなしているのも事実ですので、医学的見地が遺言能力の判断にどのような影響を与えているのかの観点から、検討して見ることにします。
認知症の程度については、以下のような要素が考慮されています。
①遺言者本人の日頃の状態については、掛かりつけの医師の診断が参考とされます。
②医療機関(放射線科)でMRI検査を受け、その検査で計測されるVSRAD解析結果や神経内科での診断が参考とされます。
③認知症専門病院で脳画像検査や神経心理学的検査を受け、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(30点満点の認知症スクリーニングテストで、20点と21点の間をカセットオフポイントとする。以下「HDSーR」という)の検査結果、COGNISTAT(認知障害の特徴を詳しく調べる検査)における見当識、注意、言語(理解、復唱、呼称)、構成、記憶、計算及び推理(類似、判断)の各検査の総合所見は、一般的に重視されています。
④医師の立場からは、遺言のような行為には、自己の財産を認識できること、相続人を想起できること、それぞれの関係を認識できることが必要であるが、これらは必要条件にすぎず、実際には、これらの複数の情報を比較して合理的な結論を導く機能が不可欠である旨が主張されています。
⑤医療記録、看護記録や介護記録が遺言者本人の状態を判断する場合の参考とされます。
また、公証実務では、一般に、アルツハイマーを含めた認知症者について、前期・中期・後期に分け、原則として、前期であれば遺言能力があり、後期であれば遺言能力がなく、中期であればケースバイケースという考えで処理し、HDSーRの場合は評点が21以上であれば前期、11から20までは中期、10以下の場合は後期という目安になるとされています。
なお、遺言能力の有無については、遺言者本人はもとより、その家族ら相続人となる予定の者にとっても重大な関心事です。
認知症の疑いのある者が、遺言を考えている場合には、弁護士に相談することをおすすめします。
弁護士は、遺言能力の有無を判断することができるわけではありませんが、遺言能力の有無を判断するのに必要な材料を収集するほか、病院で必要な診断や検査、特に長谷川式簡易知能評価スケールなどを実施してもらうようアドバイスをすることも可能です。
さらに、弁護士は、遺言者の死亡後に、遺言者本人の遺言能力が問題になるようなことのないように、遺言の内容を協議する際の遺言者本人の様子を録音したり、ビデオ撮影しておくなどの工夫もしていただけます。
遺言能力をめぐる裁判例を紹介!〜認知症編〜
遺言能力をめぐる裁判例(認知症編)について紹介します。
認知症とは、成人が脳の病気や障害などさまざまな原因により認知機能が低下し、日常生活全般に差し障りが出てくる状態のことを指します。
認知症の症状において、脳の細胞が死ぬことが直接の原因となる中核的な症状には、以下のものがあります。
①記憶障害(短期記憶が定着せず、進行すると長期記憶も失われる)
②見当識障害(時間・場所・人物が分からない)
③言語障害
④構成障害(部分を空間に配置することができない)
⑤注意障害(数字の逆唱や計算ができない)
⑥視覚認知障害(失認等)
➆行為障害(失行や実行機能障害等)
裁判例
認知症に罹患していることから遺言能力が問題となった裁判例について見てみましょう。
①大阪高等裁判所判決平成19.4.26判時1979・75
遺言能力をめぐる本判決の見解は、以下のとおりです。
❶本判決は、本件遺言公正証書による遺言当時、被相続人が遺言能力を有していたと認められず、かつ、本件遺言は民法969条を適用する前提を欠き無効であるとした。
❷その理由の大要は次のとおりです。
本件遺言当時、被相続人は、91歳という高齢により衰弱していたところ、認知症の症状が増悪し、かつ体調が悪化していたため、本件遺言をするに足る能力を有していなかったと認定するのが相当である。
被相続人が本件遺言の趣旨を公証人に口授したり、公証人が被相続人に読み聞かせた本件遺言の内容を理解して筆記の正確なことを承認することは不可能であって、本件遺言は民法969条を適用する前提を欠いており方式違反があったことは明らかであるから、本件遺言は無効である。
②東京高等裁判所判決平成25.3.6判時2193・12
遺言能力をめぐる本判決の見解は、以下のとおりです。
❶本判決は、妻に全財産を相続させる旨の自筆証書遺言をしていた81歳の男性(被相続人)が、うつ病、認知症に罹患した後に、妻の生存中に実妹に全財産を相続させる旨の遺言公正証書による遺言が遺言能力を欠き無効であるとした。
❷その理由の大要は次のとおりです。
被相続人は、うつ病及び認知症に罹患しており、本件遺言が作成された直近の時期には大声独語、幻視幻聴、妄想、ベッドからの滑落、体動、言語活発などの問題行動がみられ、情緒不安定、易怒性、常同保続の所見から複数の薬剤を処方されており、その影響により、判断能力が減弱した状態にあり、意思能力を備えていたと認めることは困難である。
被相続人の転院が本人の希望に反して実妹の一存で行われ、実妹が無断で被相続人の住所を自宅住所に変更し、妻の知らないうちに、実妹は被相続人から全財産の相続を受ける内容の遺言公正証書の作成手続きを行っている。
公証人は、本件遺言書等の作成手続きに際し、被相続人の本人(自宅住所)確認が不十分であり、受遺者を廃除せず、署名の可否を試みていないし、被相続人の視力障害に気づいておらず、被相続人が任意後見契約を理解できたかなど諸点に疑問がある。
被相続人は、自分の全財産を妻に相続させるとの自筆証書遺言を作成しているが、本件遺言公正証書の遺言当時、妻の病名やその進行程度について正しく認識しておらず、妻が生存中であるにもかかわらず、全財産を実妹に相続させる旨の遺言を作成する合理的理由が見当たらない。
以上によれば、被相続人は、本件遺言時に遺言事項を具体的に決定し、その法律効果を弁識するのに必要な判断能力たる意思能力を備えておらず、遺言能力があったとはいえないから、本件遺言は有効とは認められない。
③京都地方裁判所判決平成25.4.11判時2192・92
遺言能力をめぐる本判決の見解は、以下のとおりです。
❶本判決は、認知症の高齢者(被相続人)が会社の発行済みの全株式を含む数億円の全財産を会社の一時期の顧問弁護士に遺贈する内容の秘密証書遺言、本件自筆証書遺言は遺言能力を欠き無効であるとした。
❷その理由の大要は次のとおりです。
被相続人の人間関係、状態の変化、被相続人と顧問弁護士のかかわり、本件遺言書の作成、被相続人の預金口座からの多額の払戻し、秘密遺言証書封紙の作成、遺産の額、被相続人の心身の状態、認知症等に関する医学的知見等の経緯から、意思表示が本来の効果を生ずるためには、その意思表示がもたらす結果を正しく理解する精神能力が必要であり、どの程度の精神能力が必要であるかは、画一的に決めることはできず、意思表示の種別や内容によって異なる。
公証人への申述当時においては、被相続人に認知症の中核的な症状が非常に顕著に顕れていたことが明らかであることから、遺言能力がなく秘密証書遺言としては無効である。
本件自筆証書遺言(以下「本件遺言」という)の作成当時、初期認知症の段階にあったと認めるのが相当である。
本件遺言との関係では、初期認知症の状態にある者の遺言能力は直ちに否定されないものと思われる。
しかしながら、本件遺言は文面こそ単純ではあるが、数億円の財産を無償で他人に移転させるというものであり、本件遺言がもたらす結果が重大であることからすれば、本件遺言のような遺言を有効に行うためには、ある程度高度の(重大な結果に見合う程度)の精神能力を要するものと解される。
本件遺言の内容が被相続人の生活歴からしていかにも奇異なこと等の事柄に加え、本件遺言当時、既に、血管性認知症又はアルツハイマー型認知症を発症していたことをあわせ考えるならば、本件遺言がもたらす結果を理解する精神能力に欠けていたものと認めるのが相当であるから、自筆証書遺言としても無効である。
④東京地方裁判所判決平成28.8.25判時2328・62
遺言能力をめぐる本判決の見解は、以下のとおりです。
❶本判決は、被相続人の経歴、その相続財産の経緯及び認知症の診断書、遺言公正証書の遺言作成過程等から、遺言公正証書の遺言作成の直前にアルツハイマー型認知症と診断された被相続人について、診断をした医師及び公証人のそれぞれの見解を踏まえ、遺言公正証書の遺言当時の被相続人の遺言能力を否定した。
❷その理由の大要は次のとおりです。
被相続人に遺言をするに足る意思能力がなかった旨の意見を述べる医師の意見は、被相続人の経歴、診察経緯及びその内容等に照らし、少なくとも医学的観点から見た当時の被相続人の精神状態の評価に関しては、疑問を差し挟むに足りる証拠は見当たらない。
被相続人が遺言能力を有していた旨の公証人の供述等は、その前提において医学的根拠がない部分があるなどその根拠に乏しいものがあるほか、被相続人と公証人との面談時のやりとりにおいて被相続人の能力に疑問を抱かせうる点があることなどに照らし、遺言能力を認めるに足りる的確な証拠であると評価できない。
本件遺言当時の被相続人が遺言能力を肯定するに足りるコミュニケーション能力を有していたとは認められない。
被相続人の財産を目当てに一部の相続人が、認知症などで判断能力が不十分な被相続人を誘導して、自分に有利な遺言をさせたとみるのが相当であるなどの事情によれば、本件遺言当時の被相続人は、医学的観点はもとより、法的観点から見ても、遺言能力を欠いていると認めるのが相当である。
まとめ
本記事では、遺言能力とはどういう内容であって、遺言能力はどのような基準で判断されるのかなどについて解説しました。また医師が遺言能力を診断することは可能なのかどうか、遺言能力をめぐる裁判例などについても説明しました。遺言能力について考えている方の参考になりましたら幸いです。
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この記事を監修したのは…
ヘリテージ総合法律事務所 代表弁護士
岩井 知大(いわい ともひろ)
所属弁護士会 神奈川県弁護士会
出身地:熊本県
出身大学:早稲田大学政治経済学部
主な取扱い分野:相続・事業承継分野、労働法務分野
相続に関するお悩みは、うまく解決をすれば家族の絆を強くする事ができますし、後手に回ると深刻な対立を生じさせます。
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